この記事の要点
取引先から届いた契約書を、AIで一次チェックしました。人が読んで「誠実な契約書」と感じた初版から、AIは見出しと本文の矛盾など、明白な不備を3つ見つけました。相手は上場企業です。
使い方のコツは、AIに結論を出させることではありません。「自分で直してもらえる不備」「専門家に聞く論点」「指摘しなくてよい点」に仕分けさせることです。
もう1つ大事なのが、修正版が届いたら全体を突き合わせることです。今回は、こちらが指摘していない損害賠償の上限が、修正版で消えていました。
指摘していない条項が動いていることがある。
AIに契約書を読ませると、何が見つかるのか?
人の通読では流してしまう、文言上の明白な不備が見つかります。
題材は、当事務所の代表が個人で受けた紹介パートナー契約(販売委託契約)です。ある上場企業のサービスを紹介し、成約1件ごとに手数料を受け取る内容で、契約の締結や料金の回収は相手方が行います。
届いた初版を読んだ代表の第一印象は、「特に問題なく、誠実な契約書」でした。体裁が整っていて、条文の数も多くありません。
同じ契約書をAIに読ませたところ、次の3点が出てきました。
| 箇所 | 不備の内容 |
| 再委託の条項 | 見出しは「再委託禁止」なのに、本文は「第三者に委託することができる」 |
| 解除・終了の条項(2か所) | 「支払済みの年会費は返還しない」とあるが、年会費の定めが契約のどこにもない |
| 旧契約の条項 | 「甲乙間で」とあるが、この契約では「甲」「乙」を定義していない |
いずれも、別の契約書を下敷きにして作ったときの消し忘れとみられます。内容の良し悪し以前の、機械的なミスです。
このほか、法令に照らして確認が要る論点もいくつか挙がりました。例えば、フリーランスとの取引に関する法律が定める報酬の支払期日と、契約上の支払日の関係です(後述)。
なぜ、人が読むと見落とすのか?
見出しと本文、条文と条文を1つずつ突き合わせる読み方を、人は普段していないからです。
契約書を頭から読むと、人は文脈で意味を補います。「再委託禁止」という見出しを読んだ時点で、本文も禁止の内容だと思い込みます。存在しない年会費への言及も、「そういう条項がどこかにあるのだろう」と読み飛ばします。
AIはこの補完をしにくく、条文単位で照合する作業に向いています。今回見つかった3点は、どれもこのタイプでした。
加えて、「相手が大手だから大丈夫」という前提も見落としを増やします。今回の相手は上場企業でしたが、初版に3点の不備がありました。相手の規模と、契約書の精度は別の問題です。
AIの指摘は、どこまで信用してよいのか?
指摘ごとに確からしさの段階を付けさせれば、どこを信用してよいかが見えます。
当事務所では、法務・税務の調べものに使うAIへの指示文に、次の決まりを入れています。
| 決まり | ねらい |
| 学習済みの知識だけで答えず、現行の条文や公的な解説を検索して確かめる | 古い法令や、改正前の内容で答えるのを防ぐ |
| 条文番号を推測で書かない。確認できないものは回答から外す | もっともらしい誤り(ハルシネーション)を減らす |
| 論点ごとに「確定」「概ね確定」「要確認」「不明」の4段階を付ける | どこまで自分で判断してよいかを見える化する |
| 「一般的な法的情報であり、個別の助言ではない」と明示する | 最終判断を専門家に残す |
今回の3つの不備は、文言を見れば誰でも確認できるため「確定」でした。一方で、法令の適用が事実関係で変わる論点は「要確認」になりました。
「確定」は自分で相手に伝え、「要確認」「不明」は専門家に回す。 この線引きができると、AIの出力をまるごと信じる必要も、まるごと疑う必要もなくなります。
指摘できる点は、全部相手に伝えるべきか?
いいえ。自社にとって実益のある点だけに絞ります。
AIが挙げた論点の1つに、報酬の支払期日がありました。フリーランスとの取引に関する法律(正式名称は「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」、2024年11月施行)は、従業員を使用しない個人などに業務を委託する事業者に対して、成果物などを受け取った日から60日以内のできる限り短い期間内に、報酬の支払期日を定めることを求めています。この契約の支払日は集計月の翌々月末で、この期間を超える可能性がありました。
ただ、今回の手数料は少額で、代表は支払いを急いでいませんでした。この論点を持ち出しても、自社が得るものは小さいと判断しています。
結果として、相手に送ったのは次の4点だけです。
- 再委託の条項の矛盾を直してほしい
- 存在しない年会費への言及を削除してほしい(別の想定があるなら教えてほしい)
- 「甲」「乙」の表記を契約内の呼び方にそろえてほしい
- 報酬が発生する条件を確認したい
明白な不備は、相手も直しやすいので、依頼の中心に置きました。報酬の発生条件は、「紹介コードでの登録があったとき」とする記載と、「有料契約中で入金が確認できた先」を対象とする記載が並んでいて、どちらで報酬が立つのか読み切れなかったため、修正ではなく確認として添えています。
修正版が届いたら、どこを見ればいいか?
指摘した箇所だけでなく、契約書の全体を前の版と突き合わせます。
約3週間後に修正版が届きました。AIに前の版と比べさせたところ、指摘した3点はすべて直っていました。
そのうえで、指摘していない変更が1つ見つかりました。初版にあった「損害賠償は直近3か月分の報酬相当額を上限とする」という定めが、条項ごと消えていたのです。
こちらは上限について何も伝えていません。届いた修正版は、個別の修正版ではなくパートナー向けに共有されている雛形の形式だったので、雛形の見直しがあったのかもしれません。ただ、理由は分かりません。 変更を知らせる一文もありませんでした。
指摘した3点が直っているのを見て安心していたら、この変更には気づかなかったはずです。
このときの確認では、ほかに次の2点も見つかりました。
- 報酬の発生条件の記載は、変わっていなかった
- 対象サービスを書き込む空欄が新しく設けられていた。空欄のまま締結しないよう注意が要る
さらに、実際に電子契約で署名する版が届いた時点で、もう一度同じ突き合わせをしました。修正版から変わっていないこと、空欄が埋まっていることを確かめてから署名しています。
損害賠償の上限が消えていたら、戻すべきか?
誰の損害が大きくなりうるかで、上限の有利・不利は逆転します。 今回は戻さないと判断しました。
「3か月分の報酬が上限」という定めは、形のうえでは双方に同じように効きます。しかし、大きな損害を出しうるのは、サービスを提供している側です。紹介するだけのパートナーが相手に大きな損害を与える場面は、あまり考えられません。つまり、この上限は実質的には相手方を守る定めでした。
上限がなくなると、損害賠償は一般的な原則どおり、実際の損害に応じて決まります。今回の立場で整理すると、こうなります。
| 観点 | 評価 |
| 自社が賠償する場面 | 義務違反があって初めて生じる。紹介だけの動き方では、違反が起きる場面が少ない |
| 仮に違反したときの損害の規模 | 紹介業務の性質上、大きくなりにくい |
| 相手方の不履行で自社が損害を受けた場合 | 3か月分という上限に縛られずに請求できる |
上限を戻すと、かえって相手方を守る結果になります。そのため、交渉はしませんでした。
逆に、自社が大きな損害を出しうる側なら、上限が消えることは不利な変更です。受託開発やSaaSの提供側で契約を結ぶときは、同じ変更でも評価が反対になります。
弁護士に聞くのは、どの論点か?
AIが「要確認」「不明」とした論点のうち、自社の判断に影響するものだけです。
今回、AIは要確認の論点について、専門家に送る質問文の下書きまで作りました。ただ、上に書いたとおり、支払期日などの論点は実益が小さいと判断して、相手に持ち出していません。そのため、最終的に専門家に確認する必要はありませんでした。
判断の流れをまとめると、次のようになります。
- AIで全体を読ませ、論点を確からしさの段階付きで出させる
- 「確定」の不備は、自分で相手に修正を依頼する
- 「要確認」「不明」のうち、自社の判断が変わるものだけを弁護士に聞く
- 修正版・署名版が届くたびに、全体を突き合わせる
3番目で聞く論点が絞れていれば、相談は短く済みます。「この契約書を全部見てください」ではなく「この条項のこの点がこう読めるが、どうか」と聞けるからです。
なお、AIの出力はあくまで一般的な法的情報です。締結してよいかの最終判断が難しい場合は、弁護士に確認してください。
いつ、どのモデルでやった話か?
2026年6月から7月にかけて、ブラウザ版の`claude.ai`で行った作業です。使っていたのは、当時の最新モデルだったClaude Opus 4.8(2026年5月28日リリース)です。ただし、モデル名は作業記録に残していなかったため、当時の利用状況からの判断です。
モデルが変わると、見つかる論点の数や、確からしさの付け方は変わりえます。 新しいモデルほど、今回より多くの論点を拾う可能性があります。
一方で、変わらないものもあります。
- 見出しと本文の食い違いのような機械的な不備は、人の通読では見落としやすい
- 指摘する点を実益で絞る判断は、自社にしかできない
- 修正版で、指摘していない条項が動くことがある
この3つは、どのモデルを使っても、契約書を読む側が押さえておく必要があります。
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この記事の内容が自社に当てはまるかを確かめたい方は、お問い合わせフォームからご相談ください。現在の税理士がいる場合の、セカンドオピニオンとしてのご相談にも対応しています。
※本記事は2026年9月時点の公開情報にもとづく一般的な解説です。個別の取扱いは事実関係により結論が変わるため、実行前に税理士へご確認ください。
参考文献
- 特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(公正取引委員会) —— 条文の全文。第2条(特定受託事業者の定義)、第4条(報酬の支払期日)、第16条(解除等の予告)
- フリーランス・事業者間取引適正化等法 説明資料(公正取引委員会・中小企業庁) —— 2024年11月1日の施行、受領から60日以内の支払期日、6か月以上の業務委託の中途解除等で必要な30日前の予告
- Anthropic、「Claude Opus 4.8」をリリース(ギズモード・ジャパン) —— Claude Opus 4.8 のリリース時期(2026年5月28日)
(2026年9月16日に原典で確認)
よくあるご質問
Q. 無料のAIでも同じことができますか?
A. 文言の矛盾を見つける作業は、多くのAIである程度できます。ただし、現行の条文を検索して確かめる機能があるかと、確からしさの段階を付けさせる指示を書いているかで、出力の使いやすさが大きく変わります。機密を含む契約書を読ませる場合は、入力した内容が学習に使われない設定になっているかも確認してください。
Q. AIが「確定」とした指摘は、そのまま相手に送ってよいですか?
A. 送る前に、指摘された条文を自分の目で開いて確かめてください。今回の3点は、該当箇所を見れば誰でも確認できるものでした。自分で確かめられない指摘は、「確定」でも送らないほうが安全です。
Q. 相手が大企業だと、修正を頼みにくいのですが。
A. 明白な不備の指摘は、相手にとっても直す理由がはっきりしているため、依頼しやすい部類です。今回も、依頼した3点はすべて直っていました。条件の交渉とは分けて、まず不備の修正として伝えるのが進めやすい順番です。
Q. 修正版の突き合わせも、AIに任せてよいですか?
A. 任せられます。前の版と新しい版の両方を読ませ、「指摘した箇所」と「指摘していないのに変わった箇所」を分けて出させるのがコツです。今回の賠償上限の削除は、後者として見つかりました。

