この記事の要点
役員報酬は「月額いくら」だけで決めると損をしやすい。定期同額給与(月額)と事前確定届出給与(賞与)の配分で、社会保険料と税の合計が大きく変わる。
賞与側に寄せると社保を抑えやすいのは、標準賞与額に上限があるから(健康保険は年度累計573万円、厚生年金は1か月あたり150万円)。
ただし寄せすぎは危険。支給日のキャッシュ・将来の年金と退職金・届出どおりの実行の3つがブレーキになる。加えて、賛否があり制度改正で前提が変わり得る設計でもある(2026年9月時点)。
役員が1〜2名の法人では、役員報酬の置き方がそのまま会社の損益と手取りに直結します。受託開発でもSESでもSaaSでも、クリエイター系の法人でも、この構造は同じです。本記事は「期首までに何をどう決めるか」に絞って整理します。
なぜ「月額いくら」だけで決めると損をするのか?
同じ年報酬でも、月額と賞与の配分を変えるだけで、社会保険料と税の合計が変わるからです。
役員報酬を決めるとき、多くは「生活費から逆算して月額を置く」ところで止まります。でも実際に見るべきは、法人と個人を合わせた手元に残る金額(合算キャッシュフロー)です。月額を下げれば社保は下がる一方で法人利益が残り法人税が増え、上げれば損金は増えるが社保と所得税が増える。どちらか一方だけを見ても正解には近づきません。
定期同額給与と事前確定届出給与はどう使い分けるのか?
月額は「定期同額給与」、賞与は「事前確定届出給与」で損金にします。どちらも期首の手続きが命です。
- 定期同額給与:毎月同額で支払う役員の月給。届出は不要ですが、金額を変えられるのは原則年1回、事業年度開始から3か月以内。この窓を逃すと、その期は基本的に変えられません。
- 事前確定届出給与:役員賞与を損金にする仕組み。届出期限は「株主総会などの決議日から1か月」と「会計期間(通常は事業年度)開始の日から4か月」のいずれか早い日(新設法人は、設立の時に開始する職務について定めた場合、設立日から2か月以内)。決算報告と同じ定時株主総会で決めるのが通常なので、実務では総会から1か月以内が実質の期限になります。ただし、職務の執行がすでに始まっている役員について後から決議した場合は、起算日が決議日ではなく職務の執行の開始の日になります。
重要なのは、事前確定は届出どおりの日に、届出どおりの金額を払わないと、差額ではなく全額が損金不算入になることです。1円・1日のズレでも全額。ただし、賞与を複数回に分けて事業年度をまたいで支給する場合は、届出どおりに支給した年度の分は損金に算入できることがあります。この厳しさが、後述のブレーキに直結します。
期首までに押さえる数字(早見表)
| 項目 | 数字 |
|---|---|
| 標準賞与額の上限(健康保険) | 年度累計 573万円 |
| 標準賞与額の上限(厚生年金) | 1か月あたり 150万円(同じ月に2回以上支給したときは合算) |
| 事前確定届出給与の届出期限 | 決議日から1か月 と 会計期間(通常は事業年度)開始から4か月 の早い方 |
| 同上(新設法人) | 設立の時に開始する職務について定めた場合、設立日から2か月以内 |
| 定期同額給与の改定 | 会計期間(通常は事業年度)開始から3か月以内・原則年1回 |
(2026年9月時点。健保・介護の料率は都道府県・年度で改定されるため、試算は必ず直近の料率で行ってください)
※届出期限は、決議日が職務の執行の開始の日より後になるときは、決議日ではなくその開始の日から1か月で数えます。定期同額給与は、臨時改定事由・業績悪化改定事由による改定であれば3か月経過後でも認められる場合があります。
なぜ賞与側に寄せると社保が下がるのか?
賞与にかかる社会保険料には上限があり、月額側には実質それが効きにくいからです。
社会保険料は、月額は「標準報酬月額」、賞与は「標準賞与額」を基礎に計算します。このうち標準賞与額には上限があり、健康保険は年度(4月〜翌3月)の累計で573万円、厚生年金は1か月あたり150万円(同じ月に2回以上支給したときは合算)で頭打ちになります。
つまり、月額を低く抑えて賞与に寄せると、賞与の上限超過部分には保険料がかからず、年間で見た社保負担を圧縮できる——これが「社保削減スキーム」と呼ばれる設計の仕組みです。
どこまで寄せていいのか?(3つのブレーキ)
試算上の最適値をそのまま採らないこと。ブレーキは3つあります。
- 支給日のキャッシュ——事前確定は届出した日にまとまった現金が必要です。その日に資金が足りず減額したり支給を遅らせたりすれば、全額損金不算入。売上の季節変動が大きい事業ほど、ここは保守的に見ます。
- 将来の年金・退職金、そして目先の所得税——月額を下げると標準報酬月額が下がり、将来受け取る年金だけでなく、傷病手当金や出産手当金といった在職中の給付も下がります。役員退職金の計算も最終報酬月額を使うのが一般的で、下げすぎると出口で損をします。加えて、社会保険料が減ればその分の社会保険料控除も減るため、所得税・住民税は増えます。社保の削減額がそのまま手取りの増加になるわけではありません。
- 実行できるか——届出と実際の支給を一致させる運用が回るか。手続きを忘れるリスクが高いなら、極端な設計は避けたほうが安全です。
この設計は、将来も同じように使えるのか?
現行制度で認められた枠組みですが、賛否があり、制度改正で前提が変わり得る設計です。長期の前提として固定しないでください。
標準賞与額に上限があるのは法令の定めで、その範囲で月額と賞与の配分を決めること自体は認められています。事前確定届出給与も、届出どおりに実行していれば損金になります。ここは制度の話であって、抜け道ではありません。
ただし、この配分に対して制度側が手当てをしてきた経緯はあります。健康保険の標準賞与額の上限は、かつて1回あたりで判定していましたが、現在は年度の累計(573万円)で判定します。厚生年金は1か月あたり150万円のままで、二重の構造になっています。
直近でも、2025年6月に公布された年金制度改正法で、厚生年金の標準報酬月額の上限が65万円から75万円へ段階的に引き上げられることが決まりました(2027年9月に68万円、2028年9月に71万円、2029年9月に75万円の3段階)。賞与側の上限には手が入っていませんが、負担を収入に応じた形へ近づけるという方向ははっきりしています。
もう一つ、実態を伴わない形は認められません。年4回以上支給される賞与は「賞与に係る報酬」として標準報酬月額に算入されます。設計が成り立つのは、決めた月額を実際にその額で払い、賞与を賞与として払っている場合です。
なお、この設計では役員貸付金がほぼ必ずセットになります。月額を生活費より低く置く以上、不足分は会社から引き出すことになり、それが貸付金として残るからです。これ自体は異常なことではなく、賞与の支給時や決算までに精算する前提で組むのが実務です。ただし放置はできません。会社が役員に貸したお金には認定利息が必要で、取らなければその差額が役員給与と認定され得ます。決算をまたいで残高が残れば、金融機関からは実態のない資産と見られます。精算の見込みが立たないなら、月額を下げすぎているというサインです。
→ 一人法人・少人数法人で役員貸付金が膨らむ本当の理由と解消法
NOMERAでは、現行制度で認められる範囲の設計として扱っていますが、制度改正や否認事例が出れば方針を変えます。何年も同じ形で回し続ける前提ではなく、毎期見直す前提で組んでください。(2026年9月時点)
会社への債務と相殺してもいいのか?
いけません。ここが定期同額給与との決定的な違いです。
役員が会社に対して債務を負っている場合(役員貸付金や仮払金が残っている場合)、「事前確定届出給与を大きめに届け出して、期末に相殺して消し込めばよい」と考えたくなります。帳簿上はきれいになり、現金も動かないからです。
しかし、定期同額給与は未払いにしてもどこかで清算すれば扱いが認められる場面がある一方、事前確定届出給与は届け出た日に届け出た金額を実際に振り込むことが要件です。相殺を支給と扱ってよいと明示した通達や裁決は見当たらないため、NOMERAでは実際の振込を経る運用にしています。
正しい順序は「まず全額を実際に振り込み、そのうえで受け取った本人が会社への債務を別途送金して返済する」です。結果の数字は似ていても、支給の事実が残るかどうかで扱いが変わります。
BtoB向けサービス業(年商4,000万〜6,000万円)で、事前確定届出給与1,000万円を届け出し、期末に代表が会社に負っている債務と相殺する計画でした。届出前に確認の依頼があり、相殺では要件を満たさないことを指摘。実際に振り込んでから返済する順序に改め、1,000万円が全額損金不算入になる事態を届出前に回避しました。
→ 詳しくは事例ページをご覧ください:BtoB向けサービス業|事前確定届出給与1,000万円を「債務と相殺」しようとして、全額損金不算入の一歩手前で止めた
実際の事例:最適値を採らず、支払余力で調整したケース
ライブ配信事業(年商5,000万〜1億円/役員2名の少人数体制)で、定期同額×事前確定の組み合わせを数十通り試算したケース。報酬の置き方(社保を抑えた設計か、月額中心か)で、合算キャッシュフローには年90万〜100万円の差が出る試算となりました。ただし試算上の最適(月額9万円台+事前確定1,400万円規模)は採用せず、支給日の支払余力を踏まえて事前確定を1,000万円規模に調整。あわせて報酬未設定の間に膨らんだ600万〜700万円の役員貸付金を、返済を資金繰りに組み込んで解消しました。※金額の差はいずれもシミュレーション上の試算です。
→ 詳しくは事例ページをご覧ください:ライブ配信事業|未設定の役員報酬で膨らんだ600万〜700万円の役員貸付金を、社保を抑えた報酬設計と返済計画で解消
期首までに何を決めるのか?
「利益見込み→年報酬総額→月額と賞与の配分→支給日の資金確認→届出」の順です。
- 役員報酬を引く前の利益見込みを置く(前期実績と進行期の受注・稼働見込みから)
- 生活費と必要額から、個人で受け取る年額の下限を決める
- 月額と賞与の配分を複数パターン試算し、合算キャッシュフローで並べる
- 上位パターンを支給予定日の資金繰りに当て、本当に払える水準まで下げる
- 株主総会で決議し議事録を残し、期限内に届出する
直近の試算で、自社の月額と賞与の配分が「合算でいくら残る形なのか」を数字で言えないなら、そこが見直しの余地です。
この記事のFAQ
Q. 事前確定届出給与を届け出たあとで、業績が悪化したら支給をやめられますか? 支給しないこと自体は可能ですが、届出と違う支給(減額・不支給)は損金算入の取扱いに影響します。業績悪化など一定の事由による変更届出の仕組みもありますが、認められる理由は限定的です。迷った段階で相談してください。
Q. 役員が自分ひとりでも、事前確定は使えますか? 使えます。むしろ報酬が損益とキャッシュに直結する少人数法人ほど、配分の効果は見えやすいです。
Q. 月額を極端に下げて、ほぼ全額を賞与にしてもいいですか? 計算上は有利に見えても、支給日の資金・将来の年金と退職金でひずみが出ます。上記の3つのブレーキをかけた上で決めるのが実務です。
Q. 会社に対する役員貸付金がある場合、事前確定届出給与と相殺して消せますか? できません。事前確定届出給与は届け出た日に届け出た金額を実際に振り込むことが要件で、相殺では要件を満たしません。先に全額を振り込み、受け取った本人が別途送金して返済する順序にしてください。
Q. 期途中に売上が伸びたら、報酬を増やせますか? 定期同額給与の改定は原則、事業年度開始から3か月以内です。その後の増額は損金にならない部分が出得るため、期首の見込みが重要になります。
ご相談について
NOMERAは、受託開発・SES・広告・ECなどデジタル領域の企業に特化した、東京・西新宿の会計事務所です。オンラインで全国対応しています。
役員報酬の設計と事前確定届出給与の届出は、顧問契約の範囲内で対応しています。
この記事の内容が自社に当てはまるかを確かめたい方は、お問い合わせフォームからご相談ください。現在の税理士がいる場合の、セカンドオピニオンとしてのご相談にも対応しています。
※本記事は2026年9月時点の公開情報にもとづく一般的な解説です。個別の取扱いは事実関係により結論が変わるため、実行前に税理士へご確認ください。
参考文献
- 法人税法施行令69条1項第1号 —— 定期同額給与の改定期限(会計期間開始の日から3か月)、臨時改定事由・業績悪化改定事由による改定
- 法人税法施行令69条4項第1号 —— 事前確定届出給与の届出期限
- 国税庁 質疑応答事例「定めどおりに支給されたかどうかの判定」/同「届出書の記載額と異なる支給をした場合の取扱い」 —— 届出額と異なる支給をした場合の取扱い
- 健康保険法45条第1項 —— 標準賞与額の上限(健康保険・年度累計573万円)
- 厚生年金保険法24条の4第1項 —— 標準賞与額の上限(厚生年金・1か月あたり150万円)
- 厚生労働省「厚生年金等の標準報酬月額の上限の段階的引上げについて」 —— 標準報酬月額の上限の段階的引上げ
(2026年9月9日に原典で確認)
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